誰もが気になる「社会保険料」という負担
「手取り額がなかなか増えない……」その大きな要因の一つが、年々重くなる社会保険料の負担です。多くの人が「少しでも安くならないか」と考えるのは当然のことでしょう。しかし、その切実な悩みに付け込む、「国保逃れ」を助長するような新手口が、いま社会問題となっています。
以前のコラムでは、社会保険に入るためだけに、広く希望者を募っている会社へ「役員」として就任する手法に警鐘を鳴らしました。役員として登記されるこのやり方は、いま監視が非常に厳しくなっています。
そこで次に現れたのが、さらに見えにくい「偽装雇用(ぎそうこよう)」という新手口です。
参考記事: 「国保逃れ」に新たな手口 国の対策をすり抜ける「従業員型」とは…業者に接触した特定社労士が読み解く(東京新聞)
個人事業主を悩ませる「負担の重さ」
なぜ、こうした危うい誘いに乗ってしまう人が後を絶たないのでしょうか。それは、会社員の方には見えにくい「個人事業主ならではの負担」があるからです。
会社員は保険料を会社と折半しますが、個人事業主は全額自己負担です。
- 国民年金: 収入に関わらず、月額約1.7万円の「一定額」です。
- 国民健康保険: 収入(所得)に応じて高額になる仕組みで、所得によっては年間で数十万〜100万円を超えることも珍しくありません。
この「所得が増えるほど重くのしかかる負担」を少しでも軽くしたい。そんな切実な思いが、巧妙な勧誘の隙を与えてしまっているのが実情です。
登記簿に記載されない「隠れ蓑」の正体
今回のニュースで報じられたのは、役員ではなく「従業員(サラリーマン)」という形を装う点にあります。
なぜ「雇用」なのか。それは、一般の従業員は役員と違って登記の義務がなく、登記簿を確認してもその実態が分からないため、外部からのチェックをすり抜けやすいからです。
例えば、普段からSNSで発信活動をしているフリーランスや個人事業主に対して、業者が「その投稿をうちの会社の広報業務だと見なしましょう」と持ちかけます。これにより、一見すると「リモートワークで働く社員」というアリバイが完成してしまいます。外から見れば「ただの会社員」にしか見えないため、役所の目をすり抜けやすく、「社会保険料削減の裏技」のように紹介されることもあるようです。
「どこまでが自分の仕事?」曖昧さが招く致命的なリスク
このスキームの最大の問題は、「個人事業主としての活動」と「雇用契約上の労働」の切り分けが事実上不可能になることにあります。
本来、会社員として社会保険に入るなら、会社の指示に従って「会社の仕事」をしなければなりません。しかし、この手口では「自分の普段の活動」をそのまま「会社の仕事」と言い張るだけで、客観的な労働実態がどこにもありません。
実は、この「仕事の切り分けが曖昧」という問題は、節税のために自分一人で設立する「マイクロ法人」と呼ばれるごく小規模な会社を運営する際にも、同じように起こり得ることです。
もちろん、法人として実体のある事業を行い、適正な手続きを経て社会保険に加入することは、国も認めている正当な権利です。しかし、事業の実態がほとんどないまま、単に「社会保険料を安くすること」だけを目的に形を作っているケースには、常に厳しい目が向けられています。
今回の偽装雇用も、実態を伴わない形だけのマイクロ法人活用も、「実体がないのに制度の恩恵だけを受けようとする」という点では、同じ危うさを抱えているのです。
「みんなやっている」が人生を狂わせる
こうしたサービスを利用する方の多くは、根っからの悪人ではありません。「支出を減らしたい」「周りの人もやっているから大丈夫だろう」という、ごく普通の感覚で手を出してしまうことがほとんどでしょう。
しかし、実態のない契約で社会保険に加入する行為は、自治体や国に対してウソを報告する「脱法行為」です。業者は「見つからない」と甘い言葉をかけますが、その重い責任を最終的に負わされるのは、契約したあなた自身なのです。
行政の目は、想像以上に鋭くなっている
「こっそりやっていればバレない」というのは、今の時代、通用しなくなっています。
- マイナンバーによるデータの統合: 確定申告の内容と給与データは行政側で紐付けられつつあります。「自分の事業で精一杯のはずの人が、いつ他社の仕事をこなしているのか?」という矛盾は、データ照合で浮き彫りになります。
- 遡及(そきゅう)徴収の爆弾: 発覚すれば、本来支払うべきだった保険料を最大2年間遡って徴収されます。延滞金を含めれば、一気に数百万円単位の支払いに追い込まれる可能性もあります。
- 社会的信用の失墜: 悪質な場合は詐欺罪などに問われるリスクがあるだけでなく、一度脱法行為に関わったという事実は、これまで積み上げてきた信頼をすべて台無しにしかねません。
真面目に納める人が損をしないために
何より私が危惧するのは、こうした不透明な手法によって「ルールを守って真面目に保険料を納めている大多数の人たち」が損をしてしまうことです。
社会保険制度は、全員の支え合いで成り立っています。「自分だけがうまく逃れればいい」という風潮が広がれば、制度への信頼は揺らぎ、結果としてさらに負担が増えるという悪循環を招きかねません。誠実な納税者や事業主が、真っ当に活動できる社会であるべきだと私は考えます。
歴史が証明する「行き過ぎた節税」の末路
「法に触れなければ何をしてもいい」という考え方は、健全な経営や家計管理においては非常に危険です。たとえ現時点で違法ではなくても、制度の趣旨から外れた「不公平」な手法は、いずれ必ず是正(封じ込め)されるのが歴史の常だからです。
かつての「節税保険」の規制や、最近の「タワマン節税」のルール改正などがその代表例です。これらの共通点は、「制度の隙間を突いた不公平な得」はいずれ許されなくなる、ということです。今回のような偽装スキームも、当局が対策に乗り出せば、一瞬で「逃げ場のない重い代償」へと変わります。
おわりに:時間は「裏技探し」ではなく「価値創造」に
社会保険料の負担は、いまや多くの国民が共通して抱える切実で重い問題です。だからこそ、怪しい「裏技」に飛びつきたくなる気持ちも分かります。
しかし、いつ封じられるか分からない手法を探し回り、発覚の恐怖に怯えながら過ごす時間は、あまりにももったいないと感じます。そのエネルギーは、あなたのビジネスを成長させたり、大切な家族と過ごしたりするために使われるべきではないでしょうか。
不透明なスキームに頼るのではなく、iDeCoや小規模企業共済といった「国が認めた正当な節税制度」を賢く活用して支出を抑え、その上で、本業を通じてしっかりと価値を生み出していくこと。
「正しく、賢く」。この道こそが、将来にわたって安心して歩み続けるための、最も確実で価値のある近道です。


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