はじめに
『「お金」「時間」「健康」のバランスが揃った瞬間を「幸せ」という』 これは、インデックス投資アドバイザーのカン・チュンド氏のポストで見かけた言葉です。深く共感しました。でも現実には、この3つが同時に満たされることは極めて稀ですよね。人生のどの年代を見ても、何かが不足して、何かが余っている。この不均衡こそが、私たちが日々感じる人生の難しさの本質なのかもしれません。
年代によって満たされるものが変化する
人生の中で「お金」「時間」「健康」のどれが満たされるかは、年代とともに大きく変化していきます。
若い頃は、健康に恵まれて時間もある人が多いです。しかし、収入は低くて、お金が十分ではない人が多い。そのため、やりたいことがあっても、資金不足で諦めざるを得ない場面が少なくありません。
働き盛りの世代になると、収入は増えますが、今度は時間が決定的に不足する人が多くなります。仕事と家庭の両立に追われて、自分のための時間がほとんど取れない。そして徐々に、健康面での不安が表れ始める人が増えてきます。
そして高齢期を迎えると、時間はたっぷりある人が多くなります。お金も比較的余裕がある人が多い。しかし、健康面での制約が大きくなって、やりたいことがあっても体がついていかない、ということが起こります。
このように見ていくと、人生のどの段階でも、3つのバランスが完璧に取れている年代は存在しないことが分かります。
老後の三大不安とその背景
ところで、「老後の三大不安」という言葉をご存じでしょうか。定年前後の世代が感じる老後のネガティブなイメージの上位が「お金」「健康」「孤独」です。各種調査を見ても、これらの不安は多くの人が共通して抱えているものです。
ロイヤリティマーケティング社の調査(2023年)によれば、老後生活の不安の1位が「生活費や年金などのお金」(82%)、2位が「体力やケガ、病気などの健康」(69%)という結果です。

また、野村総合研究所の調査(2024年)では、シニアが直面している不安の1位が「自分の健康」(65%)、2位が「老後の生活費・経済的なゆとり」(48%)という結果です。

特に「お金」の不安は根深いものがあり、皮肉なことに資産を使わずに貯め込む行動につながっています。総務省統計局の「家計調査報告(貯蓄・負債編)2024年」によれば、二人以上の世帯の平均貯蓄現在高は1,984万円で、世帯主が70歳以上の世帯では平均2,441万円となっています。
このような平均額で話をすると、「お金持ちが引っ張り上げている額ではないか」と思われるかもしれません。確かに、平均値は一部の高額資産保有世帯に引っ張られることがあります。そこで、より実態に近い中央値を見てみましょう。同調査によれば、貯蓄保有世帯の中央値は全世帯で1,189万円、70歳以上の世帯では1,658万円となっています。中央値でも、高齢になるほど資産が多いという傾向は変わりません。
つまり、平均的な世帯においても「死ぬときの金融資産が多い」という状態になっているのです。また、内閣府「令和6年度経済財政白書」でも、世帯当たりの金融資産額が高齢期にピークを迎え、その後もほとんど減少していない様子が示されています。

世代間でシェアできるもの、できないもの
「お金」「時間」「健康」のバランスについて話をしていますが、私が興味深いと思うのは、この3つの要素のうち、世代間でシェアできるものとできないものがある、という点です。
「健康」は世代間でシェアすることができません。若い人の健康を高齢者に分け与えることはできないのです。だからこそ、健康な若い世代が健康面で不安のある高齢者をサポートする、という一方向の関係が理想となるでしょう。
「時間」は、やり方次第ではシェアが可能かもしれません。時間に余裕のある世代が、時間のない働き盛りの世代をサポートすることはできるかもしれません。例えば、リタイアした高齢者世代が、育児や家事の一部を担うことで、働き盛りの世代の時間的余裕を生み出すことができるかもしれません。
そして「お金」は、3つの中で最もシェアしやすい要素です。相続や贈与を通じて、世代を越えて移転することができます。
資産移転のタイミングを考える
相続が発生する年齢も高齢化しています。平均寿命が男性81歳、女性87歳という長寿社会では、親が亡くなる頃には、子どもは50代から60代になっています。日本経済新聞の報道(2024年10月)によれば、2022年時点で相続人の52.1%が60歳以上となっています。これは、80代、90代の親の資産を、60代、70代の子が相続するケースが増えているということです。
つまり、お金が必要な若い時期には資金がなくて苦労し、ようやく相続で資産を受け取る頃には、自分自身も既に人生の後半に差し掛かっている。そして、お金の不安が常に頭にあるため、せっかく受け取った資産は使われず、そしてまた高齢者間で相続されていくという構造になっているのです。
早期の世代間移転がもたらす新たな可能性
これらの事実を踏まえると、一つの問いが浮かんできます。それは、「もう少し早いタイミングで資産を次の世代に移転することはできないだろうか」ということです。
もちろん、「そんなお金はない」という人も多いでしょう。実際、多くの家庭にとっては難しい話かもしれません。しかし、一部には資産移転できる余裕のある人もいます。そして、そのような人の中にも、老後の不安から資産を移転していない人が少なくないのではないでしょうか。
教育的な観点から、若い世代に過度に資金を渡すことの弊害も考慮すべきです。それでも、もう少し早い段階での資産移転が実現できれば、若い世代が資金不足のために諦めていた選択肢が広がる可能性があるのではないでしょうか。
起業したい、学び直したい。そうした人生の重要な選択肢を、資金不足のために諦める必要がなくなるかもしれません。これは、贈与という単なるお金の受け渡しの話ではなく、家族全体の幸福度を高める話なのです。
そして興味深いことに、世代間のつながりができることで、「孤独」という老後の不安も和らぐ可能性があります。資産の早期移転は、単なる経済的な支援だけでなく、世代間のコミュニケーションを生み出すきっかけにもなり得るのです。世代を越えたつながりは、高齢者にとっても若い世代にとっても、心の支えになるかもしれません。
有意義なお金の使われ方とは
こうした視点から考えると、お金の「有意義な使われ方」の一つの形が見えてくるように思います。
時間のある世代が時間のない世代をサポートして、健康な世代が健康に不安のある世代を支えて、資産に余裕のある世代が資金を必要とする世代に適切なタイミングで移転する。そうした親族間の相互支援によって、家族全体で「お金」「時間」「健康」のバランスが少しでも改善されていく──そんな可能性があるのではないでしょうか。
無論、これは理想論です。実現にはさまざまな制約や課題があります。しかし、一つ確かなのは、私たちが人生のどの段階でも完璧なバランスを手に入れることはできない、ということです。だからこそ、家族や親族の中で世代を越えて支え合う仕組みを考えることに意味があるのだと思います。
私は、「60代、70代で受け取る100万円の価値」と「30代、40代で受け取る100万円の価値」は違うと思います。そして、若い時期に受け取ったお金の方が、生きたお金として有意義に使われる可能性が高いと考えています。
人生100年時代と言われる今、「お金」「時間」「健康」のバランスについて、個人の視点だけでなく、家族の中で世代を越えた視点で考える必要があるのではないでしょうか。そのような視点を持って行動することにより、世代をつないだ家族一人ひとりの幸せにつながっていくと思うのです。
主な参考資料
- 総務省統計局「家計調査報告(貯蓄・負債編)」2024年(令和6年)平均結果
- 内閣府「令和6年度経済財政白書」第3章第1節
- 日本経済新聞「増える『老老相続』相続人の半数が還暦以上に」2024年10月
- 株式会社ロイヤリティ マーケティング「老後に関する調査」2023年



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